大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)1842号 判決 1973年8月30日
主文
原判決のうち控訴人菅原関係部分および控訴人浅井敗訴部分を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、主文同旨の判決を決め、被控訴代理人は、本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人らの負担とする、との判決を求めた。
当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり附加、訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
被控訴代理人の主張
一、原判決二枚目裏一〇行目に「金一五二万円」とあるのを「金一五六万円」と訂正陳述する。
二、本件の場合の債権譲渡は通知も承諾もいらない。仮に必要とすれば、被控訴人は控訴人らに対する本件訴状の送達により譲渡通知をした。
証拠関係(省略)
理由
一、亡阿賀ハマの控訴人菅原に対する貸金債権
(一)成立に争いない甲第一号証、第三号証の一、二、第六、第七号証、第八号証の一、二および原審における控訴人菅原(ただし、一部)、被控訴人各本人尋問の結果を総合すると、亡阿賀ハマは神戸市福原で飲食店を開いていたが、長年の客であつた控訴人菅原に対し、昭和四二年中に、二回にわたつてその弁済期を(一)同年一一月二五日、(二)昭和四三年一月二〇日の約でいずれも金一〇〇万円ずつを貸与したことが認められる。原審における控訴人菅原本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用しがたい。
もつとも、前顕甲第六、第七号証、成立に争いない乙第一号証の一、二、原審における控訴人菅原本人尋問の結果によると、右各貸金は控訴人菅原が代表取締役をしていた株式会社菅原組の運転資金にあてられ、右貸付に際しては同会社振出の金額各一〇〇万円の約束手形(受取人欄白地)二通が控訴人菅原から亡阿賀ハマに交付され、同会社の帳簿に右手形債務が記載されていることが認められる。しかし、金員の貸借にあたつて借主が、他から振出交付をうけていた第三者振出名義の手形を、貸主に対し支払方法として交付することは通常ありうることであつて、本件においても弁論の全趣旨により控訴人菅原個人が亡阿賀ハマから金員を借受けてこれを同会社に貸付けたと推認しうるので、右のような会社振出の手形の授受、帳簿上の記載事実があるからといつて、控訴人菅原が借主であるとの前記認定をくつがえすに足りない。
(二)右貸金は出世払の約であつた旨の控訴人菅原の主張を肯認するに足る証拠はなく、かえつて原審における控訴人菅原本人尋問の結果によつて認められる、右貸金には利息が支払われていた事実からしても、右主張は採用の限りでない。
(三)してみると、右貸金二〇〇万円から被控訴人の自認する弁済受領額四四万円を控除した一五六万円が現存債権である。
二、亡阿賀ハマの控訴人浅井に対する貸金債権
(一)亡阿賀ハマが昭和四三年中に控訴人浅井に対し金二八〇万円を貸与したことは当事者間に争いがない。
そして、前顕甲第一号証、成立に争いのない甲第四、第五号証、第九号証の一ないし三、原審における被控訴人、控訴人浅井(ただし、一部)各本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、亡阿賀ハマは右のほか昭和四四年六月ころ長年の客であつた控訴人浅井に対し金五〇万円を貸与したことが認められる。原審における控訴人浅井本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しがたい。
もつとも、前顕甲第四、第五号証、原審における被控訴人、控訴人浅井各本人尋問の結果によると、右五〇万円の金員は亡阿賀ハマから控訴人浅井の妻である浅井節子に交付され、かつ右交付に際し浅井節子はその振出の小切手二通(金額は三〇万円と二〇万円のもの)を亡阿賀ハマに交付し、しかもその後、浅井節子から右貸金のうち九万円の一部弁済がなされていることが認められるけれども、右各本人尋問の結果によると、亡阿賀ハマは浅井節子とは特に面識もなかつたので、右金員は、電話で控訴人浅井に確かめた後に交付したものであることが認められ、この事実に前顕甲第一号証および被控訴人本人尋問の結果を勘案すると、右のように浅井節子振出小切手の交付、同人の一部弁済の事実があるからといつて、控訴人浅井を借主として貸与したとの前認定をくつがえすには足りない(ただ、右の諸事実からみて、浅井節子もその夫である控訴人浅井と共に連帯債務を負担すべき共同借主となつたと認める余地はあるにしても、このことは控訴人浅井を借主とした前認定をさまたげるものではない)。
(二)右貸金は出世払の約であつた旨の控訴人浅井の主張を肯認するに足る証拠はなく、かえつて原審における控訴人浅井本人尋問の結果によつて認められる、右貸金には利息が支払われていた事実からしても、右主張は採用の限りでない。
(三)右貸金について昭和四三年中に八〇万円、昭和四四年中に九〇万円、昭和四五年中に三九万円(浅井節子弁済の九万円を含む)の弁済があつたことは争いがない。成立に争いない甲第九号証の二、三および弁論の全趣旨によると、昭和四三年中には右の八〇万円のほかに更に一〇万円が支払われたものと認めるのを相当とするが、昭和四三年および四五年中に控訴人浅井主張の如く右説示の金額以上に弁済があつたことを認めるに足る証拠はない。もつとも、成立に争いない乙第四号証の二には、昭和四五年中に前記三〇万円(控訴人浅井本人が弁済の分)のほかに同年二月一三日および同年六月七日に各一〇万円が支払われたことを窺わせるような記載があるが、これは前顕甲第九号証の三にこれに対応する記載がないことに照し、にわかに採用しがたい。
してみると、右貸金合計三三〇万円から右説示の弁済額合計二一九万円を控除した一一一万円が現存債権額である。
三、右貸金債権の遺贈
前顕甲第一号証によると、亡阿賀ハマは生前の昭和四五年五月一一日控訴人らに対する前記各貸金債権を被控訴人に遺贈(特定遺贈)したことが認められ、亡阿賀ハマがその後の同年九月六日死亡したことは争いないから、右死亡と同時に被控訴人に対する債権譲渡の効力が生じたわけである。
ところで、控訴人らは右債権譲渡は対抗要件を欠く旨主張し、被控訴人は対抗要件はいらないと抗争するところ、債権譲渡は債務者への通知または債務者の承諾がなければこれをもつて債務者に対抗できず(民法四六七条)、このことは債権譲渡が特定遺贈によつて行なわれる場合でも異らないと解すべきである。もちろん、特定債権の遺贈が行われれば、遺言者死亡により直ちに債権移転の効力が生じ、遺言執行者等が更めて債権譲渡の意思表示をなす必要のないことはいうまでもないが、それがために被控訴人主張の如く債務者らに対する対抗要件を不要にするとは解されない。
また被控訴人は、本件訴状送達によつて譲渡通知をなした旨主張するが、債権の譲受人にすぎない被控訴人から控訴人宛の本件訴状の送達をもつて適法の譲渡通知とみることはできない。すなわち、譲渡通知はもともと譲渡人がなすべきところ(民法四六七条)、債権譲渡が遺贈によつて行われる場合には譲渡が効力を生じたときには譲渡人は死亡しているのであるから、譲渡人本人が通知をすることはできないが、遺言執行者の定めがあるときは遺言執行者が、それがないときは譲渡人の相続人がこれをなす義務を負担すべき筋合であつて、譲受人がこれに代替しうるものではないからである。
右のとおりであつて、ほかに対抗要件の充足の主張のない本件では、被控訴人は本件譲受の貸金債権をもつて債務者である控訴人らに対抗しえない道理である。
四、以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであり、したがつて原判決のうち控訴人菅原に対する請求の全部および控訴人浅井に対する請求の一部(内金一〇万円およびこれに対する昭和四七年四月二一日以降支払済まで年五分の割合の遅延損害金請求を除くその余の請求)を認容した部分は不当であるから、右部分の取消を求める本件控訴は結局、理由がある。よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。